ソジッコル聖地

概要 ソジッコル聖地は、チュンチョンナム道ポリョン市ミサン面ピョンラ里にある大田教区の聖地で、1866年丙寅迫害の際にカルメモッで殉教したダブリュイ司教とオメートル・ウィエン神父、チャン・ジュギ会長の遺骸が1882年に日本の長崎へ移されるまで安置されていた旧信徒村である。グッドニュースはこの地を四人の殉教聖人がとどまった三番目の墓と紹介している。歴史 〔カルメモッでの殉教と遺骸の改葬〕 グッドニュースは1866年丙寅迫害の際にチュンチョンナム道ポリョン市カルメモッでダブリュイ司教とオメートル・ウィエン …

目次
  1. 概要
  2. 歴史
  3. 建築と空間
  4. 関連する場所と人物
  5. 参考資料および出典

概要

ソジッコル聖地は、チュンチョンナム道ポリョン市ミサン面ピョンラ里にある大田教区の聖地で、1866年丙寅迫害の際にカルメモッで殉教したダブリュイ司教とオメートル・ウィエン神父、チャン・ジュギ会長の遺骸が1882年に日本の長崎へ移されるまで安置されていた旧信徒村である。カトリック・グッドニュースはこの地を四人の殉教聖人がとどまった三番目の墓と紹介している。

歴史

〔カルメモッでの殉教と遺骸の改葬〕 グッドニュースは、1866年丙寅迫害の際にチュンチョンナム道ポリョン市カルメモッでダブリュイ司教とオメートル・ウィエン神父、ファン・ソクトゥ・チャン・ジュギ会長が殉教した後、ファン・ソクトゥ聖人の遺骸は遺族によってホンサン・サプティに安置されたと記している。残りの四聖人の遺骸はソジッコルに住むイ・ファマン・パウロとその息子たち、そしてトアンコル信徒村の信者たちの助けにより、処刑場からオポリの裏山にある二番目の墓を経て、その年の夏に船便を利用してソジッコルのタバコ畑に改葬されたという。

〔巡礼路と改葬の過程〕 ポリョン市庁の観光案内は、カルメモッ-ソジッコル聖地巡礼路が、ダブリュイ司教、オメートル神父、ウィエン神父、チャン・ジュギ(ヨセフ)会長の遺骸が信者たちによってオチョン面カルメモッからミサン面ソジッコル聖地へ移された道であると説明している。信者たちは12日間にわたり荒波と雷雨の中で海路と山道を通して遺骸を運び、ソジッコルに安置し、2か月後にその信者たちも発覚して殉教したと記している。聖人の遺骸が運ばれた陸上ルート9.5kmが聖地巡礼路であり、巡礼路はワンジャン浦口から始まり、1866~1882年に16年間安置されていたソジッコルで終わるとしている。

〔遺骸の移動とソジッコルの人々〕 『デジタル保寧文化大典』は、ソジッコルが19世紀にカトリック信徒たちが迫害を避けて山間の奥地に形成した信徒村であると記している。イ・チムンらソジッコルに住んでいた信徒たちがカルメモッで殉教したダブリュイ司教とオメートル神父、ウィエン神父、チャン・ジュギら4人の聖人の遺骸をソジッコルに移し、1882年に遺骸が日本の長崎へ移されるまで16年間安置したという。イ・チムン、イ・ファマン、イ・チソら遺骸の改葬に加担した信徒たちは、後に逮捕されて殉教するか、ソジッコルを離れて避難したと説明している。

〔その後の遺骸とソジッコルの再発見〕 グッドニュースによれば、四殉教聖人の遺骸は1882年に日本の長崎へ送られた後、1894年に龍山イエス聖心神学校、1900年に明洞教会地下納骨堂を経て、1967年に切頭山殉教聖地に安置された。ソジッコルは、扶余クムサ里小教区のチョン・ギュリャン・レオ神父が1925年己亥・丙午迫害殉教者79位列福式を記念してその位置を確認したが、その後教会史の中で忘れられた地となり、2007年から扶余マンス里巡回教会にユン・ジョンガン神父が常駐するようになり、ダブリュイ司教の主な司牧地であり数多くの信徒村が形成されていた下部内浦地域が知られるようになったという。

〔聖地宣布と奉献〕 グッドニュースは、2012年1月に大田教区が下部内浦地域を聖地として宣布し、ユン・ジョンガン神父を専任に任命することで本格的な聖域化が進み、2013年10月にソジッコル聖地奉献式が行われたと記している。『デジタル保寧文化大典』も、ソジッコル聖地がカルメモッで殉教した聖人の埋葬地であり信徒村の遺跡として2013年にカトリック聖地として造成されたと説明している。

建築と空間

『デジタル保寧文化大典』は、ソジッコル聖地が保寧湖の南西側トンオ里からヌクチョン里へ通じる地方道沿いにあり、886㎡の敷地にカルメモッ殉教聖人4人の殉教者祭壇石、殉教者顕揚碑、聖地案内碑石、駐車場などで構成されていると記している。グッドニュースは、保寧湖脇の道路沿いに造成された聖地に、四殉教聖人の墓をかたどった野外祭壇と殉教者顕揚碑、東屋と便宜施設などが設けられていると説明している。管理は大田教区天主教会維持財団が担っている(『デジタル保寧文化大典』)。

関連する場所と人物

  • カルメモッ殉教聖地:四聖人とファン・ソクトゥ聖人が1866年に殉教した地であり、ソジッコルまで続く聖地巡礼路の出発地点である(ポリョン市庁)。
  • サプティ:ファン・ソクトゥ聖人の遺骸が安置された地である(グッドニュース)。
  • トアンコル信徒村:信者たちがイ・ファマン父子の遺骸の改葬を助けた(グッドニュース)。
  • 切頭山殉教聖地:四聖人の遺骸が1967年に安置された地である(グッドニュース)。

参考資料および出典

  1. カトリック・グッドニュース 聖地と史跡、「ソジッコル聖地」(大田教区)。遺骸改葬の経緯、1925年位置確認、2012年聖地宣布、2013年10月奉献式。
    https://m.catholic.or.kr/web/holyplace/?seq=4200
  2. 『デジタル保寧文化大典』、「ソジッコル聖地」。信徒村の性格、遺骸安置と改葬加担者、2013年聖地造成、敷地面積と構成。
    https://boryeong.grandculture.net/boryeong/toc/GC08800911
  3. ポリョン市庁 文化観光、「聖地巡礼路」。カルメモッからソジッコルまでの巡礼路と遺骸運搬の過程。
    https://tour.brcn.go.kr/tour/sub02_02_02.do
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作成日
2026年10月20日 02:28
最終更新
2026年10月20日 02:28
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韓国カトリック場所百科, "ソジッコル聖地", 最終更新 2026年10月20日 02:28. https://missamap.com/ja/kr/daejeon-seojitgol-shrine/wiki/