この場所について
南泉洞聖堂は、原州教区堤川地区に属する小教区で、『韓国カトリック住所録』には「南泉洞」小教区として登録されている。保護聖人はイエスのみ心であり、堤川市街地の信者がミサ、秘跡、教理教育、共同体生活を続ける地域の信仰拠点である。パッケージには「南泉洞イエスのみ心聖堂」という別項目もあるが、住所と小教区情報が同一であることから同じ小教区を指し、「イエスのみ心」はこの小教区の保護聖人を表す名称であることが確認できる。
南泉洞小教区は、堤川地域のカトリック共同体を長く支えてきた中心の一つであり、現在も小教区と周辺の信者を結ぶ司牧の拠点である。この場所を理解する際には、単なる礼拝用建物ではなく、信者共同体と司牧上の管轄をもつ「小教区」であることが重要である。長い地域信仰史が積み重なった場所であると同時に、今日もミサと秘跡、祈りと交わりが続く生きた共同体の場である。 特に公式の小教区名は「南泉洞」だが、保護聖人がイエスのみ心であるため、地図や記録で「南泉洞イエスのみ心聖堂」という名称を見ても、別の小教区と理解しないことが重要である。この名称関係を知ることで、同じ場所が二つの施設として重複して見える混乱を避けることができる。
歴史と由来
堤川地域のカトリック共同体は、当初、龍召幕小教区の堤川公所として成長した。『韓国カトリック大事典』によれば、この共同体は1940年7月14日に小教区へ昇格し、当時は「堤川小教区」として出発した。解放後の1947年10月には、南泉洞の旧日本人所有家屋を買い取り、聖堂に改修して祝別式を行い、南泉洞に本格的な小教区の拠点を設けた。
信者の増加に伴い、1955年に新聖堂の建設が始まり、1956年6月6日に祝別された。その後、堤川・丹陽地域の信仰共同体が成長し、1957年には丹陽小教区が分離し、1960年代には義林洞地域の共同体も分離していった。こうした変化の中で小教区名も南泉洞小教区として定着し、堤川地域の複数の小教区を生み出した母体の一つとなった。
1970年には聖母幼稚園を設立して教育使徒職を広げ、1980年代には教育館、小教区広報、共同体行事などを通して小教区生活の基盤を整えた。1990年の小教区創立50周年には、半世紀の歩みをまとめた記録も残した。
既存聖堂の老朽化と共同体の必要に応じて新聖堂建設が進められ、1992年12月10日に新しい聖堂が奉献された。この歩みは、南泉洞が単に古い聖堂建物を保存する場所ではなく、堤川地域の成長と都市の変化に合わせて、公所から小教区へ、さらに他の共同体を生み出す中心小教区へと発展してきた場所であることを示している。 また、小教区の分離と施設拡充は、堤川の信者数と生活圏の拡大に合わせて司牧体制が再編された結果でもあった。したがって南泉洞の歩みは、一つの小教区内部の建築史にとどまらず、堤川地域のカトリック共同体が複数の小教区へ成長し、それぞれの役割を分担していった過程とも結びついている。
韓国カトリック場所百科事典
ナムチョンドン聖堂:歴史と建築
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教区
ウォンジュ教区 (Diocese of Wonju)
公式ウェブサイト: http://www.wjcatholic.or.kr
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