この場所について
社稷洞聖堂は、江原特別自治道三陟市にある原州教区嶺東地区の小教区である。『韓国カトリック住所録』は保護聖人を聖エリザベス・アン・シートンとし、三陟市街地の社稷洞と周辺地域を担当する司牧共同体として記録している。独立小教区として、地域信者のミサ、秘跡、教理教育、共同体活動を支え、三陟市南部の生活圏を教区の典礼と司牧につないでいる。
現在の「社稷洞」という名称は行政区域名の変更に伴って定着したもので、小教区設立当初は「社稷里小教区」と呼ばれていた。そのため、過去資料に社稷里という名称が現れても別の共同体を意味するわけではない。現在の社稷洞聖堂は、三陟地域の古い小教区から分離して成長した共同体として、現在の名称と保護聖人のもとで地域信者の日常的な信仰生活を担っている。 現在、公所を2か所持つという住所録の記録は、三陟市内の本堂と周辺地域共同体を結ぶ司牧構造が今も維持されていることを示している。 この小教区と公所のつながりは、三陟市街地と周辺生活圏を一つの司牧体制の中で支える現在の構造を示している。
歴史と由来
社稷洞小教区の根は、三陟地域の古いカトリック共同体にある。現在の城内洞小教区の前身である三陟小教区は1949年に設立され、1965年3月に原州教区が新設されるとその管轄に編入された。三陟地域の信者増加と生活圏の拡大により、一つの小教区だけで広い地域を担当することが難しくなり、新しい小教区分離の必要が生じた。
1966年10月5日、社稷里小教区が城内里小教区から分離して正式に設立された。『韓国カトリック住所録』と『韓国カトリック大事典』はいずれも同じ日付を記録している。独立小教区の発足により、社稷里一帯の信者はより近い場所で定期的な司牧と秘跡生活を続けられるようになった。
行政区域名の変更に伴い、1988年10月18日には小教区名も「社稷里小教区」から「社稷洞小教区」へ変更された。共同体が新しく設立されたのではなく、同じ小教区が地域名称の変更に合わせて改称したものである。現在の社稷洞聖堂は、1966年の分離設立と1988年の改称を経て、三陟地域の独立小教区として続いている。
現在の『韓国カトリック住所録』も、小教区設立日を1966年10月5日としている。これは1988年の改称が小教区の歴史的起点を新しくしたのではないことを改めて確認させる。行政名称は社稷里から社稷洞へ変わったが、共同体の制度的連続性はそのまま保たれ、現在の小教区も同じ設立史を継承している。 このように社稷洞小教区の主要な歩みは、新しい原州教区発足直後の地域小教区の分化と、その後の都市行政名称の変化に伴う小教区名の調整という二つの流れで整理できる。1988年に別の小教区が新設されたのではなく、同じ共同体が地域の変化に応じて名称と司牧環境を調整してきた歴史である。
韓国カトリック場所百科事典
サジクドン聖堂:歴史と建築
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教区
ウォンジュ教区 (Diocese of Wonju)
公式ウェブサイト: http://www.wjcatholic.or.kr
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