この場所について
ヘミ殉教者国際聖地は、カトリック大田教区が管理する殉教聖地で、海美で信仰を証ししながら命をささげた多くの殉教者、とりわけ名前を記録に残せなかった人々を記憶する場所である。韓国カトリック教会の住所録では大田教区の聖地・史跡として登録され、教皇庁は海美の殉教の記憶が持つ意義をもとに国際巡礼地として認定した。特定の少数の人物だけでなく、記録から名前が失われた多くの殉教者全体を記憶する性格が際立っている。
聖地は海美邑城に残る迫害の痕跡と深く結ばれている。邑城内には信徒が取り調べを受けた官衙や獄舎に関わる跡、刑罰に用いられたと伝えられるケヤキが残り、邑城外の殉教地と現在の聖地が一つの巡礼の記憶としてつながっている。聖地内の聖堂と無名殉教者の墓域は、訪れる人が迫害の歴史をたどり、殉教者の信仰を祈りの中で記憶するための空間となっている。
歴史と由来
海美が大規模な殉教地となった背景には、朝鮮時代に西海岸の防衛と行政を担った海美邑城と鎮営があった。忠清道北西部で捕らえられた信徒たちは海美へ送られ、取り調べと刑罰を受け、多くが邑城内の獄舎や城外の刑場で命を落とした。大田教区の資料では名前が確認できる殉教者だけで132人とされるが、実際の犠牲者の多くは名前を記録に残していない。
殉教地の記憶は近代になって徐々に具体的な聖域として整えられた。韓国観光公社の資料によれば、1935年に目撃証言をもとに殉教者の遺骨の一部が発掘され、1995年に現在の聖地へ移された。2003年には聖堂、殉教記念施設、無名殉教者の墓域を備えた巡礼地として整備され、海美の殉教の記憶を継続して顕彰する空間が整えられた。
2014年は聖地の歴史における重要な転機となった。海美の殉教者のうち、イン・オンミン・マルティノ、イ・ボヒョン・フランシスコ、キム・ジンフ・ピオが同年8月に教皇フランシスコによって列福され、教皇自身も同じ月に海美を訪問した。海美邑城ではアジア青年大会の閉会ミサが行われ、海美の殉教の記憶がアジアの教会にも広く共有される契機となった。
この流れは2021年の国際的な認定へとつながった。教皇庁の公式聖年資料によれば、当時の新福音化推進評議会は2021年3月、海美をその記念的意義に基づいて国際巡礼地として認定した。この認定は、地域で長く守られてきた無名殉教者の記憶が、韓国教会を越えて普遍教会の巡礼の記憶へと広がったことを示している。
韓国カトリック場所百科事典
ヘミ殉教者国際聖地:歴史と建築
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教区
大田教区 (Diocese of Daejeon)
公式ウェブサイト: http://www.djcatholic.or.kr
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