ボンアム公所

聖堂

봉암 공소

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この場所について

鳳岩公所は、忠清北道陰城郡孟洞面鳳峴里にある清州教区の公所であり、現在は「陰城 鳳岩(防築谷・桂馬台教友村)聖地」の中心空間でもある。清州教区の現行公所一覧に鳳岩公所が掲載され、カトリック新聞の聖地紹介でも公所が鳳岩聖地の中心として説明されている。したがって、一般的な農村公所の役割に加え、迫害時代の教友村と殉教信仰を記憶し黙想する巡礼地としての性格も併せ持つ。

この場所の意味は現在の公所建物だけでは説明できない。近くの防築谷と桂馬台には、19世紀に迫害を避けて移住した信徒が教友村を形成し、福者崔良業トマス神父がこの地域を巡回して秘跡を授けた記憶も伝えられている。鳳岩公所は、迫害によって一度崩れた信仰共同体の流れが再びつながって形成された共同体であり、聖地宣言後は地域信徒と巡礼者が先人の信仰と殉教を黙想する場所へと意味が広がった。 そのため鳳岩公所は、公所共同体の日常的な信仰生活と、殉教の信仰を記憶する巡礼地としての役割が重なり合う場所として理解することができる。

歴史と由来

鳳岩一帯の信仰史は、現在の公所よりはるか以前の19世紀の教友村に始まる。カトリック新聞の調査によれば、防築谷と桂馬台には1839年の己亥迫害以後、迫害を避けて移住した信徒が集まり、教友村を形成した。福者崔良業トマス神父も司牧巡回の途中で防築谷を訪れ、信徒に秘跡を授けてミサを捧げ、金百心アンブロシオの息子の一人を神学生として推薦したと伝えられている。

迫害は共同体に大きな傷を残した。1866年の丙寅迫害では、防築谷と桂馬台の信徒が逮捕されたり離散したりし、金百心とその息子たち、閔允明フランシスコなど複数の信徒が信仰のために命を落とした。教友村は事実上崩壊したが、1892年に鄭武善ヨセフが鳳岩村に移り住み、再び共同体を築いた。1897年に鳳岩公所が形成され、地域の信仰の流れが受け継がれた。

時がたつにつれ、鳳岩公所は単なる農村公所を超え、防築谷・桂馬台の信仰の記憶を保存する中心となった。清州教区はこの地域の教会史的意義を再評価し、2020年11月29日に鳳岩一帯を聖地として宣言した。その背景には、迫害後に形成された教友村、崔良業神父の司牧活動、そして地域の殉教者の生涯を一つの場所で記憶できることがあった。

聖地宣言後、孟洞小教区と地域信徒は公所を中心に土地を確保し、巡礼環境を整えながら聖地造成を続けてきた。鳳岩公所の歴史は、迫害で崩れた教友村の信仰が再び共同体となり、その記憶が今日の巡礼と祈りの場所へ広がっていった歩みである。 とりわけ、公所が今日の聖地の中心となったことは、迫害期の信徒村の記憶が断絶することなく、地域共同体の祈りと巡礼の中で新しい形で継承されていることを示す事例として意義深い。

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チョンジュ教区 (Diocese of Cheongju)

公式ウェブサイト: https://www.cdcj.or.kr

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