この場所について
「영원한 도움의 성모 수도회」釜山分院は、韓国カトリック教会の女子修道会である「영원한 도움의 성모 수도회」が釜山に置く修道共同体です。韓国カトリック教会の住所録では「釜山分院」として別個に登録され、釜山市西区西大新洞の西大新小教区と同じ住所にあります。西大新小教区の住所録でも、小教区で活動する修道会として「영원한 도움의 성모 수도회」が記載されています。
修道会のカリスマは「みことばの受肉の神秘に参与する福音宣教」であり、それを聖母マリアの霊性のうちに生きることを重視しています。釜山分院は、この修道会固有の霊性と共同生活を地域教会の中で生きる共同体として理解できます。小教区聖堂と修道共同体は同一の制度ではありませんが、この分院が西大新小教区と同じ敷地にあり、小教区の住所録にも修道女会として確認されることから、地域小教区共同体と近く結ばれた修道生活の場であることが分かります。
したがって、この場所の中心は聖堂建物そのものではなく、そこで生活する修道共同体にあります。修道女たちは共同の祈りと福音的勧告に基づく生活を通して修道会の使命を続け、釜山分院はその使命を釜山の地域教会の中で具体的に生きる一つの共同体です。
歴史と由来
「영원한 도움의 성모 수도회」は、1932年6月27日、平壌上水九里で第2代平壌教区長ジョン・エドワード・モリス司教によって設立されました。修道会は韓国人修道女の共同体として成長しましたが、1950年に北朝鮮当局が修道院建物を接収したことで共同体が一時解散するという大きな危機を迎えました。朝鮮戦争は、この修道会の歴史と釜山とのつながりを直接生み出す契機となりました。
戦争中に南下した修道女たちは、釜山で再び共同体を形成しました。修道会の公式年譜は、1951年11月8日に釜山大庁洞のメリノール修道女会構内で本院の祝別式を行ったと記録しています。避難生活の中で修道女たちは生計を立てながら共同生活と修道生活を再建し、釜山は戦争による断絶を越えて修道会が再出発した重要な場所となりました。
1955年4月19日、修道会の本院と修練院はソウル黒石洞へ移転しました。したがって1950年代に釜山にあった本院を、現在西大新洞にある「釜山分院」と同一の機関がそのまま継続したものと断定することはできません。ただし現在の韓国カトリック教会の住所録は、西大新洞に「영원한 도움의 성모 수도회」釜山分院が存在することを明確に記録し、同じ住所の西大新小教区もこの修道会を担当修道女会として記載しています。
現在の釜山分院の最初の設置年は、今回確認した公開公式資料だけでは特定できません。しかし修道会全体の歴史において、釜山は朝鮮戦争の避難期に共同体が再び集まり本院を設けた都市であり、今日も別個の分院が地域教会の中で修道生活を続けているという点で、意味のある連続性を持っています。 修道会の公式記録は、釜山での避難生活を単なる一時的な滞在ではなく、共同体を再建した時期として振り返っています。南下した会員たちは再び集まり、共同生活を整え、生計を立てる方法を見いだしました。その経験は、その後修道会が韓国南部で活動を続ける基盤となり、釜山が修道会史の中で持つ意味もここにあります。
韓国カトリック場所百科事典
永遠の助けの聖母修道会の最初の記録
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教区
釜山教区 (Diocese of Busan)
公式ウェブサイト: https://www.catholicbusan.or.kr
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