メルサン教友村

聖地

머루산 교우촌

경상북도 영양군 석보면 포산리 131

この場所について

モルサン教友村は、カトリック安東教区が殉教信仰の記憶を伝える場所として案内する迫害時代の教友村跡である。英陽郡石保面ポサン里の深い山地に形成された共同体の跡で、今日では常住の小教区や公所というより、迫害を避けて山中へ入り信仰を守った教友たちの暮らしを記憶する巡礼地に近い。

カトリックの聖地資料は、ここを太白山脈の支脈にある葡萄山の頂に形成された教友村として紹介している。モルサンの意味は大きな聖堂建築よりも、外部の目を避けながら生きなければならなかった初期教友の生活の場そのものにある。深い山中で生業と祈りをともに続けた共同体の痕跡を通して、訪れる人は、迫害時代の信徒が信仰を守るために背負った生活条件と共同体の連帯を具体的に振り返ることができる。

歴史と由来

モルサン教友村の形成は、1801年の辛酉迫害以後、迫害を避けて故郷を離れた信徒が嶺南北部の山地へ入っていった流れにつながる。忠清道などから移住した教友は、外部の目を避けやすい深い山中に集まって暮らし、信仰を守った。鎮宝のモルサンもそのような教友村の一つとなり、教友たちは生業を続けながらともに教理を学び、信仰生活を保った。

1815年の乙亥迫害が慶尚道北部を襲うと、捕吏がモルサンに踏み込み、信徒を逮捕して安東へ連行した。村で暮らしていたキム・シウ・アレクシオは信仰を隠さず逮捕され、大邱へ移送された後、刑罰と投獄の末に1816年ごろ獄死した。イ・シイム・アンナも息子とともにモルサンで暮らしていたところ逮捕され、安東を経て大邱へ送られた。長い投獄と刑罰の中でも信仰を守り、1816年12月19日に大邱観徳亭で殉教した。

乙亥迫害によってモルサン教友村は事実上解体され、残った信徒も各地へ散った。しかし共同体の跡と、この地で暮らした殉教者の記憶は消えなかった。キム・シウ・アレクシオとイ・シイム・アンナは2014年8月16日にフランシスコ教皇によって列福され、モルサンは今日、二人の生涯と迫害時代の山間教友村の信仰をともに記憶する場所として受け継がれている。

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メルサン教友村:歴史と建築

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教区

安東教区 (Diocese of Andong)

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